中萩古文書を読む会

9月例会 中萩中学校南側にあった「岡の久保池」のこと

 9月20日に例会を行いました。

ここしばらく中萩に関する古文書を読んできましたが、今回は「岡の久保池」についての「歎願書」(藤田文書)を取り上げました。

 中萩地区には多くのため池が存在し、その数は新居浜で最多であると言われています。「岡の久保池」は現在の中萩中学校グランドを含む大きな池(資料によると 東西318m  南北154mくらい?)で、横山から東部へ用水を引き水田化する目的で、江戸時代の終わり頃築造されたものですが、溜めた水が大人の腰くらいになると水が抜け落ちて、何度改修しても改善されなかったようです。

この「歎願書」は村庄屋から出された補修継続の願出の文書ですが、結局廃藩置県により、願出は認められず池は放置されたままとなりました。

 本来の目的を果たせなかった「岡の久保池」

 上部児童センターになった「覚十郎池」

 フジ本郷店になった「北池」

米の増産を目指し、多くの人々の努力で築造されたため池のその後を追ってみると、時代の移り変わりや産業構造の変遷がわかります。

 ついでに・・先月話題になった山田町のゴルフ場の件、戦後同じ場所で復活し『新居浜カントリー倶楽部』となり、その後船木に場所を変えて現在に至っているようです。(あのゴルフ場にはこんな歴史があったのですね!)

 昭和11年、愛媛県初のゴルフ場が山田町にでき、戦争の影が迫るなか、住友の幹部を中心に西洋のスポーツをゆったりと楽しんでいたこと、しかし戦争の激化によりわずか5年で解散せざるを得なかったこと・・偶然知ったことですが、非常に心に残るエピソードになりました。

 来月も引き続き「歎願書」を解読する予定です。

歎願書(藤田文書)
上原御蔵岡久保近辺図(西原文書)
山田町 かつてゴルフ場があったあたり